アニメ感想:月がきれい(2017年・春)ー 恋愛はドラマでもストーリーでもないということ
推薦度:S
「月がきれい」の告白シーンは私が今まで見てきた恋愛アニメの中でも群を抜いて面白くない、というか恐らく一番つまらない。
何故そこなのか、どういうプロットを組んだらそうなるのか、お決まりの手順を踏まずに突然、思い立ったように、主人公である小太郎はヒロインの茜に(恐らく人生で初めての)告白をする。
ロマンチックでもドラマチックでもヒロイックでも、何でも無い。告白をされた茜も戸惑うばかりで何の返答もないままED が流れ、その回が終わってしまう。
その裏では今期、最も深夜アニメファンの涙を誘った(かどうかは知らないが)「エロマンガ先生」の山田エルフによる渾身の告白シーンが豪快に炸裂しており、「月がきれい」のそれとは対象的に、これでもかと言うほどドラマチックな作り物だった。
深夜アニメファンである以上、我々はこれを望んでいるはずなのに。泣きながら、そう思った。
放送開始の当初、「月がきれい」は埼玉の川越を舞台にした何の変哲もない恋愛アニメであるように見えた。中学三年生の男女が初めて人を好きになり、つつましい交際を送る様子が描かれている、ただそれだけだ。
タイムリープは無い。魔法も無い。地球は滅亡しない。ドラゴンも獣人も登場しないし、メイドや吸血鬼の姿も見当たらない。ツンデレとかヤレヤレとか、極端な性格の登場人物すら存在せず、どこにでもいそうな普通の中学生しか出てこない。
故に、このアニメは異質だった。何の変哲もなさ過ぎて、逆におかしい。
全話に渡って常に、主人公とヒロインの機微が描かれ続けるだけ。ドラマが、ストーリーが感じられない。これは殆どドキュメンタリーである。
誰の?私のだよ。「月がきれい」は私の、そして君のドキュメンタリーなんじゃないのか。
もしも君が初めて付き合った人とLINE をしたりデートをしたり喧嘩をしている様子を常に撮影し続けた記録映像が存在するとして、君はそれを見たいと思うだろうか。
私だったら絶対に見たくない。見たいと思う人は、よほど変態なんだなと思ってしまう。
そしてその記録映像が全国放送されるとしたら、人々が喜んで見ると思うだろうか?
私だったら絶対に思わない。そんな面白い展開も紆余曲折も無かったよ、と思ってしまう。
しかし、それはきっと間違っているのだ。
それは見始めたら止まらない。そして、他人にとって面白い。
だって「月がきれい」がこんなに面白いのだから。
結局のところ、恋愛にストーリーもクソも無いんだと思う。
何故か分からないけど気になった人がいて、意識すればするほど気になってしまい、どんどんその人のことしか考えることができなくなり、好きです付き合ってくれませんか。
とどのつまり恋愛とは、そういうものでしかない。
身体が入れ替わった相手だからといって、彼女を好きになるわけがあるか。彼が地球を守るために立ち上がったから、恋愛感情を抱いているのではない。
ただ彼女や彼の一挙手一投足にドキドキするだけでしょ。
作中で描かれる小太郎と茜のLINE も、見ててすごくつまらない。
「起きてる?」から始まって、「起きてる」「そっちは?」「勉強してた」「ファイト」「また明日、学校で」「うん、おやすみ」だけで終わってしまうから。
でも小太郎も茜もドキドキしまくってるし、それで幸せなのだ。圧倒的じゃないか。
一方その頃「エロマンガ先生」では、LINE で夢を語り合い、俺はプロの小説家になるからお前もプロの絵描きになれ、と励まし合い、それまでは連絡を断つという、あまりにもテンプレートなドラマ展開が繰り広げられていた。
それはそれで、しっかりとした見ごたえがあり、感動を誘う。
「月がきれい」には、そういった類の感動は無い。無いのに私は、このアニメの推薦度をS にした。
「ドラマじゃないんです。ドキュメントが面白いんです。」
とは、晩年の立川談志の言葉である。
落語というものは人間の業を描いたものであり、話の筋ではなくて、ろくでもない登場人物の言動に共感できるところに客は面白味を見出す。(と理解しているが真意は知らない。)
「月がきれい」も、その通りなんだよね。
主人公の小太郎がヒロインの茜に恋に落ちてから、やらかしてしまう数々の恥ずかしいことを、私も同じようにやらかした記憶がある。それは業というか恥だけど。
それらを全て肯定してくれる優しい作品なのだ、「月がきれい」というアニメは。
ここまで一つの特徴に拘って書いてしまったけど、「月がきれい」は作画も独特で綺麗だし、川越の街並みがちゃんと描かれていて魅力が伝わるし、宇宙人みたいなキーホルダー(ぬいぐるみ)?のキャラクターが印象的で、総合的にも良いアニメだと思う。
しかも原作無しの完全新作だ。
10年ぐらい深夜アニメを見続けているけど、まっとうな恋愛アニメでここまで魅了された作品は数えるほどしかない、というか確実に3本の指に入るだろう。
そもそも「月がきれい」と純粋に同じジャンルで、同じ狙いを感じるようなアニメは最近とても少ないと思う。
それほど異質で、見る価値があるアニメだと思います。傑作。